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- 2023.10.17 Tuesday
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JUGEMテーマ:ビジネス
経営者団体内での報告の機会が増えて、たまたまだろうが、
10,11月で4回登壇することになった。
基本的には与えられたテーマの中でそれにそった自社の実践事例を話すのだが、
大体が同じようなお題を頂いて話させてもらうことが多く、
資料なども使いまわしで何とかなる(大きな声では言えないが)
しかし、以前ある方にいわれたのが、自分が話したい内容ではなく、
話したくない内容にこそ、生の実践事例としての醍醐味があり、本当の学びが含まれるのだという。
かねてより自分ではオープンにすることが多いつもりだったが、
言われてみればあえて聞かれもしなければ話さないこと、というのはある。
自分にとっては創業時のエピソードなどは記憶に残り、話としても面白く思われるだろうからよく話すのだが、
そのあとの本当に大変だった成長から安定に至るまでの話はすることがなかった。
そしてそこをひっくり返して見つめ直すことで、初心を思い出し、社員の苦労に思いを馳せることも出来て、
なるほどな、と思った次第。
JUGEMテーマ:ビジネス
創業からそろそろ丸18年を迎える。
当時26歳で新卒に毛が生えたような社会人も44歳のおっさんになった。
昔はやることも少なく、よくブログも書いていたが、
ここ数年は年に1回書くかどうか。
意欲が落ちたのか、単純に忙しいのか、それとも両方か。
寝起きも悪くなり、酒が抜けなくなり、集中力を保つのも難しくなる中で
社会的な立場や会社の規模は成長し、
選べる選択肢も増え、影響力は創業当初に比べれば大きくなった。
世間一般的にも、体力の落ち込みとは逆に、
使えるお金の自由度や社会的な権力は反比例することが多く、
交錯するそのピークは40代で来るのかもしれない。
逆に言えば体と心の持ちようさえ長く保てれば、
より選択の幅は増えてくるということではないか。
アメリカの詩人サミュエル・ウルマンの有名な詩の一節にこうある。
「青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう」と。
ということで、色々なことに憂いたり、倦んだりすることのないよう、
瑞々しい刺激と知的好奇心の探求を忘れないようにしたいなあと新たに思った次第。
なんでこなことを急に思ったかというと、新卒採用を始めて20代そこそこの学生と話すことが増えたから。
付き合う人たちの属性というか完成というかやっぱりそういうのもあるよね。という話。
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新設の事務所を立ち上げる際に通信回線は必ず欠かせない。
固定電話もそうだが、インターネットなしではどの仕事も成り立たないだろう。
ただ、大事な割にはこの準備が厄介で、NTTの都合に依存することが多く、
2か月前に依頼しても開通工事が間に合わないことがしばしば。
以前も同じようなことがあり、その際は光回線をあきらめ、アナログで電話を引き、
インターネットについては無料のモバイルルータの支給を受けてそれで当座をしのぐことに。
ただ、ここで困るのがPCは無線で問題ないが、
事務所内に複数のPCがあってNASや複合機などと併用する場合、
どうしても無線ルータでの中継が必要になる。
そしてこの無線ルータと、支給品のモバイルルータが連結できないのだ。
なぜかというとモバイルルータは機種が決まっており、有線LAN回線がない。
外付けのクレードル(拡張機)などがあれば有線化できるが、それもない。
そこで今回取ったのが、無線LAN中継器をかませる、という方法。
インターネット
→モバイルルータ
→中継器
(有線LAN接続)
→無線ルータ
→各PCおよび複合機など
という流れになる。
今回利用したのが下記。
ネットにも同様の利用ケースが見られなかったので、
失敗したらもともとという気持ちだったが、
思った以上にスムーズにいった。
なんとなく備忘的に書きたかったのでこれだけ。
JUGEMテーマ:ビジネス
いわゆる自治体ビジネスを主に手掛けているが、
自治体や役所が行う仕事について的確な表現を耳にした。
警察や消防などを含めた役所仕事の予算については、実益が見えづらく、
予算増については一般市民の理解を得にくい。
しかしこれは「何も(有事が)起きないために使われるお金」だというのだ。
逆の言い方をすると、このお金が使われなくなったときは
「有事が起きやすくなる」とも言える。
企業活動においても同様で、広告や新規事業投資などは効果や目的が見えやすいため、使いやすい。
それに対して、リスク管理やセキュリティ強化などは、「何も起きないため」に使われるお金なので、
実際に何も起きていない以上はその効果は見えない。
だから、ということではないが、健康を逸した時に健康の大事さが分かるのと同様、
「何事も起きないために使うお金」の意識が改めて大事では、と思った次第。
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ビジネス書や自己啓発的な書籍の中で、よく言われていることだが、
やる気が出ないときの一番の改善方法は、
スモールステップでとりあえず手を出すことだという。
たとえば部屋の掃除や、面倒な経費精算や資料作りなど。
だが一番の問題は、その第一歩を如何に出すかではないか。
だから、一歩目の障壁を極力下げて、すぐに出来る状態にするのが良いともいう。
目の前のごみを捨てる、とりあえず引き出しの中身を出す、経費精算のソフトを開く、などか。
でもそれすらやる気にならなかったら〜からが問題だ。
ほんとに小さい一歩すら出ないような気力が枯渇しきった状況。
頭のキャパがオーバーして何も考えつかないような。
と、今度は上記を解消するには目の前に悩みを書き出して可視化するのが良いという。
ではその書き出すことの第一歩を如何にして出すかが問題になる。
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なかなか。ねえ?である。
で、ちょっと考えたのは近似的にやれることを見つけるのはどうだろう。
たとえば先の例の掃除でいくと、漫画を読む、とかではだめだが、
今横になっているのであれば、まず座る。その次に膝を立てる。その次にテーブルに手をつく。そして立つ。
掃除したい場所まで歩く。とか。
原始レベルまで行動を落とす。大脳旧皮質レベルだ。
立って歩けばなんとかなるかも。
どうでしょう。これ?
コロナ前の2019年頃から、知人の経営者の誘いでトライアスロンを始めた。
福岡の海の中道というレジャーパークでやっている、トライアスロンフェスタというもので、
スイムが700m、バイクが20km、ランが5kmのスプリントディスタンスと呼ばれるものだ。
短い分ガチ勢の方々はめちゃくちゃ速いスピードでこなす。
私のような初心者はとりあえず完走できればよいや、
というペースでやって、およそ1時間30分程度で全行程が終わる。
一般的なトライアスロンのイメージは恐らくアイアンマンレースの方で、
こちらはスイムが3km、バイク155km、ラン42.195kmとなる。
ちなみにアイマンマンというのはブランド名詞らしく、決まった大会でしか使えず、
ロングディスタンスというのが一般呼称となる。
私はスプリントしかやっていないのだが、
スポーツを聞かれたときに、なんとなく「トライアスロンしたことあります〜」というような回答をしていて
これに若干の気恥ずかしさがあった。
短いやつやないかと。
まだまだコロナ禍ではあるが、ぼちぼちと大会決行されるところも増えだしたので、
今回は天草トライアスロンに申し込みができた。
こちらはオリンピックディスタンスという形式で、
スイム1.5km、バイク40km、ラン10kmの合計51.5kmという長さである。
ということでこれが完走出来たら一段階レベルアップである。
オリンピック競技になるくらいだから、やってる感出してもよいのではないか。
ちなみに一緒に練習してた別の知り合いは別の大会でロングディスタンスに初挑戦するという。
上記の距離の通りだがスイム、バイクと来て最後にフルマラソンである。
プロ選手で8時間。一般で10~17時間くらいかかるらしい。
いや〜・・・すごいね。人体。
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zoomなどを使ったウェブ会議もすっかり市民権を得た。
今ではどの会社でも一度は何がしかのリモートツールを一度は使ったり、
少なくとも見たことがある、というような状態になったのではないだろうか。
コロナの功罪として、弊社でも支店間の会議はすっかりリモートが標準になり、
所属団体での定例会議、報告例会などもweb配信が当たり前のようになってきた。
大手企業でも旅費交通費の削減効果は大きく、利益の底上げにつもつながっていると聞く。
時間の制約はあれども、距離の制約がなくなり、
また、匿名性(ビデオオフ)などにすれば参加障壁も下がる。
そんなリモートだが、会議の場合だと、
リアル会場とリモート側との双方でかなり参加姿勢が変わるように思う。
特に運営サイドに立って会議を進行するとそれを強く感じる。
リモートのみだとそうでもないのだが、
リアルとリモートの併用になると顕著に表れる。
画面越しだと音声も画像もデジタルに変換される、ということだけではなく、
空気感がかなり異なってくるのだ。
具体的には、リモート側の参加者は単なる傍観者か、もしくは一方的な発言者になりがちな気がしている。
画面越しであるが故、ただ流れる場面を見聞きするだけか、もしくは、
「無機物である画面に向かって相手の受け止め方が見えない状態で一方通行の意見を言う」だけになる。
仕様上仕方ないが、リアルのように同時進行的な発言はどうしても難しい。
(zoom飲みが難しいのもここにある)
情報共有的な会議にはいいが、審議、ディスカッション的な会議には
どうしてもリアルに劣る部分があると思うのはわたしだけだろうか。
とはいえ、今後のアフターコロナに向かっても、一度知った利便性を手放すのも難しい。
であれば、上記のような意見もある、というか、
違和感にも気づきながらリモートと共存していく必要が強くあると思うのだ。
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中小企業経営者として、かねてから他の企業の売上高や利益はどれくらいなのだろうか?
という疑問があり、なんとなく気にはなっていたので改めて調べてみた。
ものの資料などでは2億ちょっとが平均値っぽいのだが、どうも実感的にはそこまでない気がする。
サラリーマンの年収も一緒で、平均だと420万だが、中央値だと360万程度になるという。
そこで、「中小企業 売上高 中央値」で検索をかけると
中小企業庁の発行する統計データが見つかり、
ようやくそこで、実感できる中小企業の年商のイメージをつかむことが出来た。
(参考:財務データからみた中小企業の実態
これによると、中央値は9千9百万円で、売上高1億円以下の中小企業が全体の50%強を占めている。
また、構成比として最も多いのは売上高3〜4千万円の企業である。
平均で行くと4億8千万あたりなのだが、10億以上の企業が全体の9%程度あるようなので、
ここが平均を引き上げているのだろう。
ちなみに営業利益でいくと年間ー400万〜400万の間で半数程度。
中央値は100万で、平均値は1400万だ。
これが分かったからと言ってどう、というものではないのだが、
企業としての自社の立ち位置が見えてくる。
年収1000万が全体の4%、ということを会社に置き換えると年商10億が一つのボーダーだろうか。
規模が大きければよい、というものではないが、10億クラスの企業になると、
社会的な影響も大きくなり、多少の恒常性も働いてくる。
売上なども平均から考えて自社の目標を立ててみるのも良いのではないだろうか。
JUGEMテーマ:日記・一般
先日参加した、所属団体のさる報告会で、
70を超えたであろう経営者の発言の中に「誠実に役割を全うする」という言葉があった。
以前その団体の支部長もされているのだが、
逡巡して就任を引き受けた際に誓ったのが先の言葉だという。
柔和な感じのする方で、いかにもその言葉が疑いなくこちらに届くものだから
果たしてなぜこう素直に受け止められるのだろうかとふと疑問に思った。
同じ言葉、内容を私が言ったとしてもこうは伝わらないだろう。
年齢だろうか。
しかし、同じような年の方でも胡散臭い人はやはり胡散臭い。
雰囲気だろうか。
これはあるかもしれない。過去の経験や実績が雰囲気を作るとすれば、
その方の事を知らなくても醸し出す雰囲気に誠実がにじみ出るのかもしれない。
正直者が馬鹿を見るとは、たまに聞く言葉だが、誠実が馬鹿を見るとは聞いたことがない。
恐らくビジネスにも人生にも必要不可欠で武器になるのが誠実さだ。
彼は誠実だよね、と言われる説得力を持てるよう経験を積みたいものだ。
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タイトルをのっけから否定するようだが、概ね私は幸せであると思う。
仕事や家庭や人間関係において小さな問題はあるものの、
致命的なまではないし、自分でコントロールできるというイニシアチブもある。
だが、人に対して(対面もしくは特定の知人)聞かれもしないのに「私幸せなんです」ということは絶対ない。
ではなぜ、こんなことを書きだしたかというと、
唐突にこの話題を振ってくる人っているよな、と思ったからだ。
口に出すことで追認して、「ああ、私はやっぱり幸せなのだ」と思いたいのか、
本当に浮かれてしまってて、野に咲く雑草すら自分を祝福するように思える心境なのか。
人の不幸を喜ぶような下世話な趣味を前面に出さないまでも、
ゴシップ的な興味をもつ話題としては私も嫌いではない。
で、逆に人の幸せな話など聞きたくないと思うのかというと、別にそういうわけでもない。
成功者というか、本当に運のいい人というのは周りを引き付ける魅力があり、
そういう人たちというのは自分が何も発せずとも空気として幸福感というか幸運感をもっているものだ。
と考えると、わざわざ口に出す、という行為が怪しく感じられるのだ。
自分でそう思いたいだけじゃないの?と。
私がひねくれているからだろうか?